◆朝の甲板


おはようございます。
磯貝正久です。
ええ、海軍の朝は早いんですよ。
今でマルゴーヨンゴー、午前五時四十五分ですね。
艦内がもうばたばた慌しいでしょう?
みんな五時に起床して今は朝食前の甲板磨きの時間です。
ここの通路は静かですけど。
上甲板の右舷通路は長官室や艦長室がありますからね。
一般の兵員は訓練や緊急時でもない限り使用しないんですよ。
私の部屋はそこ、参謀ということで一応私室を頂いております。
今、従兵が私室の掃除をしてくれています。
朝食まで時間がありますから、軍艦の朝の名物、甲板磨きでも見学いたしましょうか。
ああ、ラッタルは急ですからご注意ください。
手を貸しましょう、さあどうぞ。


……どうです? 壮観でしょう? この広い甲板を兵員が総出で磨くのですよ。
あ、邪魔にならないようにここにいましょう。
こんな話をご存知ですか?
ある式典の下見に陸軍、海軍のお歴々が「比叡」の甲板においでになったときのことです。
ちょうど朝の甲板掃除でしてね、水兵たちが一生懸命甲板を磨いていた。
で、ある水兵の雑巾の先に海軍大将が立たれていて掃除の邪魔になった。
それでその水兵は
「そこお願いしますッ」
そう大将に申し上げた。
海軍大将は
「あいよ」
と気軽に返事なされて邪魔にならないところに移動されたという……。
それを見ていた陸軍のある将軍が
「私は今恐ろしい光景を見た」
と言い出されたのですね。
水兵が海軍大将に邪魔だからどけ、と言った。
階級にうるさい陸軍では考えられない光景だったんでしょうなぁ。
海軍ではその辺はリベラルですよ。
仕事の邪魔だったらどなたに対しても邪魔だと言うことができます。
大石長官ですか?
あの方はとくに気さくな方ですからね、なんておっしゃるかなあ。
すまん、とかおっしゃってすぐどかれるでしょうね。
ええ、ほんとに気さくで陽気な方ですよ。


……ああ、あの士官ですか?
あれは甲板士官といって下士官兵の取締りをする士官です。
副長の補佐的な役目をすると思っていただければいいでしょう。
ああやって甲板磨きも裸足になって率先して指揮します。
一日中、朝早くから夜遅くまで艦内のいたる所を巡視して兵たちのネジを巻いて歩くんですよ。
元気のいい士官でなきゃ勤まりません。
艦の起床時刻は午前五時ですが、彼らはその半時間前に起き出してすでに艦内を見回っています。
兵よりも早起きしなくちゃならない。
彼らのことを「にわとり」なんて呼んだりするのもそこからきているんですよ。
ああやって裸足で威勢良く兵の間を走り回っているのを見ると、元気な雄鶏みたいにも見えますね。
私も少尉の頃、一度「にわとり」になったことがありますよ。
大変でしたけど、やりがいがありましたね。
懐かしいです……。
え? 甲板士官は艦の花形、とも言いましてね、人気職種なんですよ。
見た目がかっこ悪いですか?
そうですねぇ、作業服の裾を膝までまくって裸足で怒鳴って歩くんですから、見た目はよくないですね。
しかし兵や下士官の状況を把握して、上層部との仲立ちになる大切な役目ですからね。
優秀な甲板士官のいる艦は兵の動きがきびきびしているなんて言われます。
は、私ですか?
ははは、私は気が弱いもので兵達に舐められましてねぇ。
かえって同情してもらえたのか、古株の先任下士官に助けられてなんとか勤められたようなわけでして……。
ええと、そろそろ食堂に参りましょうか?
海軍の味噌汁は美味いですよ。


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本の受け売りのままではナンですので、磯貝君に案内してもらいましたm(__)m