◆海軍さんの長髪
「旭日」を最初見たとき、「へ?」と思ったのが大石長官の長い髪。
衿に完全にかかってます。
校則の厳しい私立高校だったら、生徒指導室でちょんぎられるかもです。
「長官、散髪してくださーい」
「なんか願掛けでもしてはりますのん?」
とか思いつつ、美形な大石さまに見とれたやかん。
やかんはもともとオールバック軍人好きですから、むしろ好みの髪型だったわけですが、それにしても襟髪がちょっと長すぎですぞ、大石長官。
それはさておき、実際の海軍さんの髪型事情はどうだったのか、今回は髪型についてどーでもいい話です。
陸軍軍人は丸刈りです。
陸軍さんは外国勤務の大使館附き武官や憲兵の一部をのぞいて、下士官兵から将校までがすべて丸刈りでした。
一方、海軍さんは准士官以上(候補生をのぞく)になると、髪型は自由でした。
海軍士官にはけっこう髪の長めな士官さんの写真が残っております。
丸坊主オンリーな陸軍さんとはかなり感じが違います。
軍人と言うと、陸軍さんの数が圧倒的に多かったものですから、どうしても軍人イコール丸刈りというイメージがありますね。
髪型が自由と申しましても、当然、現代のような長髪ではありません。
艦船職員服務規程の
「質実剛健ニシテ容姿端正ヲ旨トスベシ」
という一項に当てはまらなければいけません。
……規程といっても、これじゃ主観に左右されますが。
長髪といえども、せいぜい髪を長めにして分目をつけるとか、オールバックにするぐらいでした。
海軍内でも長髪率が高かったのは飛行機搭乗員と中国勤務の「支那ゴロ」でありました。
大正四年に日本が対華二十一か条要求を突きつけて以来、中国人の対日感情は大変険悪なものでありました。
そこへもって昭和六年に満州事変が勃発すると、中国の排日運動は急激に激化いたしました。
大陸沿岸警備の任に就いていた第三艦隊や旅順要港部の海軍軍人も、上陸時に注意が必要でした。
上陸外出の際は危険を避けるために、一見して軍人とわからないように工夫することが求められたのでした。
士官には、艦の外では必ず背広を着用するようにとの通達が出されました。
海軍士官は明治の昔から艦の外では背広(プレーンと称しました)を着用することが通常であります。
なのになぜこんな通達が出たかというと、中国勤務の士官には、軍服の衿を外に折り曲げワイシャツのカラーを外に出して、一見背広風にして外出するものぐさ士官がけっこういたからです。
髪型も軍人っぽい丸刈りをやめて、民間人のように髪を伸ばす士官がこの時期どっと増えました。
そんなわけで、中国沿岸勤務の海軍士官、通称「支那ゴロ」には民間人となんら変わらぬ長髪の人が多く見られたのでありました。
さて江田島の兵学校ではどうだったでしょうか?
「理髪は五分刈りとし、課業の妨げとならない限り校内の理髪所に於いて行い、その都度所定の料金を支払う」
……と海軍兵学校の規則にあります。
一方、主計士官を養成した海軍経理学校では
「頭髪はなるべく五厘刈りとし、月に二回は必ず刈れ」
……と躾教育参考書にあります。
五厘といえば二ミリ未満、もうスキンヘッド一歩手前であります。
でも「なるべく」ですからね。
海軍経理学校は東京築地にあり、リベラルな海軍の中でもとりわけ自由主義的空気が濃厚な校風でありました。
では、教官は?
教官には一般教科を教授する文官教官と、軍事教科を教える武官教官がおりました。
文官教官には一流の学者が招聘され、武官教官には現役の活きのいい士官があてられました。
文官教官は民間人でありますから、普通に髪の長い人がいたようです。
一方、兵学校武官教官は五分刈りが不文律でありました。
長髪士官も、教官の辞令を受けるとすぐに散髪する人がほとんどだったようです。
ただし経理学校には長髪武官教官が実在しました。
教官になったある主計大尉が長髪をやめなかったので考課表に「丙」をつけられた……という事例があったそうです。
校長の心証は悪くはなっても、長髪のまま教官を続けることができた、というのがやはり海軍らしいですね。
史実の「山本」五十六さんは長髪嫌いでありました。
こんな話がございます。
大正十三年、霞ヶ浦航空隊に五十六さんが着任したときのことです。
五十六さんは長髪の搭乗員たちを見るなり、ひどく不機嫌な顔になりました。
「ポマードでテカテカしているヤツまでいるじゃないか、たるんどる!」
着任早々に五十六さんは隊員に「断髪令」を出されたのでありました。
いわく「頭髪を伸ばしたる者は皆切れ。一週間の猶予を与える」
そして本当に全員を丸坊主にしてしまいました……。
五十六さん、後世に転生して長髪に対して寛容になられたかどうか……?
じつは大石さんを見るたび「いつか、その髪ちょんぎってやる!」とムカついてらしたりして。
大高総理は現役の陸軍将官、でしたね?
あの髪型で軍服を着用されたシーンがOVAで幾度かありましたが……。
長髪の陸軍将官、違和感がそこはかとなく漂います。
大高さんは渋いロマンスグレーのおじさまで蝶ネクタイはよくお似合いなんですが、陸軍軍服と長髪の組み合わせには「アレ?」っと思うんですね。
後世が長髪ロン毛将官の跋扈(ばっこ)する世界になったのは、いかなる歴史の歯車のいたずらでありましょうや……?
とりあえず、長髪美形軍人バンザーイ。