◆恋の予感
(原参謀長の独白)
最近どうも大石長官の様子がおかしいのです。
不意に黙り込まれてそのままじっと何か考え込まれている。
あるいは、肘を突いてぼんやりとあらぬ方をごらんになっていたり。
艦橋においでのときですら、そういうお姿を何度か見たことがあるくらいです。
心当たりは……いや、やめておきましょう。
憶測でものを言うくらい危険なことはないですからね。
(大石長官の独白)
俺は恋をしている。
相手は誰だと思う?
聞いて驚くな、英女王マーガレット陛下その人だ。
はは、自分でも呆れているよ。
陛下は素晴らしい方だ。
まだ年若いのにご見識も立派に備えておいでだ。
そしてなにより美しい。
何もいい年をして片思いをしているというわけではない。
もったいなくも、どうやら女王の思し召しも俺にあるようだ。
そのなんだ、とてもじゃないがおおっぴらにはできんがな。
情けない話だが、女王のお顔が見たくてたまらない。
女王に逢えるなら、くだらん会議にも参加するさ。
鼻持ちならないチャーチル卿との会談でも我慢しようというものだ。
(原参謀長の独白)
……今までなら滅多に参加なさらなかった英軍との会議にも進んで参加なされます。
なにも長官自らご出席されなくても、私か他の参謀に行かせましょうと申し上げたのですが
「いや、いい。俺が行く」
とおっしゃる……。
この前なんかわざわざ日程を変更してまで仮王宮での合同作戦会議に向かわれました。
このときは私もご一緒したのですが、とくにこれといって重要な議題が出たわけでもない。
いろいろと旭日艦隊に応援要請や依頼が出されて、かえって私たちの出席はやぶへびだと思ったぐらいです。
英参謀本部の虫のいい要請を長官はうんうんと愛想良く聴いておいででした。
やるともやらないとも、言質を与えない程度にです。
会議の後、参加者一同は女王とお茶をご一緒したのですが、我々の席は陛下の隣でした。
陛下は親しげに何かと私たちに話しかけてくださって……いや正確には私たちにというより、長官に、ですが。
とにかく手厚いもてなしを受けたのが意外でした。
(ある英国陸軍中将の独白)
我々ごときが女王陛下とお茶をご一緒できるなど、以前なら考えられなかったことだ。
手狭な仮王宮に移られてからというもの、王室と我々臣下との垣根が低くなったというか……何かとお姿を拝することが多くなった。
近頃、作戦会議の後、我々一同をお茶の席にお招きくださることが多々ある。
本土防衛に身を挺する我々への、陛下の勿体無いほどのご配慮である。
……日本からの援英旭日艦隊には格別にお気遣いなされているようだ。
たしかにかの艦隊は勲功著しいものがある……日本政府への政治的な配慮もあるのだろう。
恩義に厚い陛下は日本の提督をいつも手厚くもてなされておいでだ。
会議後は必ずお茶に呼んでやり、ときおり陛下自ら仮王宮内を案内されているほどだ。
……まあそれだけの働きを彼らはしてくれてはいるがね。
破格の扱いを頂戴していることをわかっているのだろうな、あの日本の提督は。
(マーガレット女王が侍従に命じる)
明後日の会議の出席者名簿を見せてください。
……旭日艦隊からは?
……提督ご自身は?
そう、出席なさるのですね。
……では、出席者の皆さんと会議の後にお茶をご一緒したいので、その用意をお願いしますね。
そう、お席のことだけど……遠路はるばるご出席くださる大石提督は私の隣に。
よろしいですね。
それと、少しご相談したいことがありますので、会議開始時刻より一時間ほど早めに来ていただけないかと……そう大石提督にお伺いしてみてください。
お返事をいただけたら知らせてください、いいですね。
(侍従の独白)
まったく陛下は大石提督のこととなると……。
旭日艦隊の大戦力は、まことに心強い味方であるのはたしかだが。
まあ、提督本人も落ち着いた思慮深そうな人物ではあるし、陛下のご信頼も無理からぬ。
しかしながら、あまりのご贔屓振り……いや、相手は日本人。
特に問題にする輩もおらんだろう。
(マーガレットの独白)
……嬉しい!
明日は大石さまに逢えるのだわ!
会議前に、どこにご案内しようかしら?
ふたりきりで、あの方のそばでお話したい……。
もしかしたら……あの方のお気持ちが聞けるかもしれない。
私の気持ちはご存知だと思う。
それなのに、肝心なところでいつも話題を変えてしまわれる。
用心深い方なのだわ。
だけど、ときどき熱い目をして私をご覧になる。
いつも胸が苦しくなってしまうわ、あの方の目を見ると……。
どうしよう、ほんとうに。
私は大石さまが好きでたまらない。
(磯貝の独白)
なんなんでしょうね、まったく。
なにかあったんですかね?
長官はなんだか心ここにあらずという感じで、食卓を指でとんとんリズムを取って叩いたり、なんかお顔がずっと笑ってる。
あれ? と思ってお顔を見ていたら
「うふふ。なんだ磯貝、飯はうまいか?」
なんてお聞きになる。
うまいです、とお答えしたら、なんでか知らないがまたお笑いになる。
「おい、顔に飯粒がついてるぞ」
とおっしゃるから、慌てて顔を触ってたら
「ははは、嘘だよ」
と、こうですよ。
なんだかわけがわからない。
(大石の独白)
ああ、愛しいマーガレット!
敢えてマーガレットと呼ばせていただきます。
あなたはなんてかわいらしいのだろう。
かわいい小細工を弄しては、私の気持ちを量ろうとする。
そんな手には引っかかりませんよ。
おりこうなあなたも恋に関してはまるっきりお勉強が足りないようだ。
まったく若い頃を思い出しますよ。
私が少尉の頃なら、引っかかったかもしれませんがね。
あなたときたらすっかり手の内を見せてしまって、それじゃ勝負になりようもない。
しかし、困りましたな。
勝負にならないからといって、こうも正面から気持ちをぶつけられると。
さて、どうしよう。
あなたが女王でなかったら、せめて戦争中でなかったら……。
ああ、正直言ってあなたのことが頭から離れない。
すっかりあなたに囚われてしまった。
大局的に見れば、これは私の負けかもしれませんね……。