◆手紙を待つ


激励、慰問、弔問……公務はきりがない。
仮王宮に届けられる報告は撤退、戦死、損害報告……暗い知らせばかりだ。
女王は仮王宮の執務室の窓から空を見上げた。
ハイランド地方の春は遅い。
暗い雲が垂れ込める陰鬱な季節はまだ続く。
女王はため息をつくと、気乗りしない表情で「要返信」に仕分けられた手紙に返事を書き続けた。


その頃、遠く離れた大西洋の海上で大石は私室の机に向かいペンを動かしていた。
時折ペンが止まり、大石の視線が宙に浮く。
彼の視線の先には北の冬の国があった。
大石はマーガレットに宛てた手紙を書いていた。
重苦しい半占領下の英国で苦労しているであろうマーガレットをせめて手紙で励ましたかった。
英国近海を離れ、大西洋へ向かうことを告げたときの気落ちした彼女の涙が今も眼に浮かぶ。
マーガレットが遠く離れた地で一人泣いているかと思うと大石の胸は痛んだ。
人前では涙も動揺も見せることが許されない女王陛下……


艦隊の任務に心を砕きながら大局的な戦略を練る……そんな前線の司令長官の激務を大石はむしろ楽しんでいた。
だがイギリス女王との恋の成就という大仕事まではいくら彼でも同時に手に負えるものではなかった。
しかし彼の魂はマーガレットを欲していた。
……もうそんなに待つ気もない。マーガレットをこれ以上泣かせたくない。障害は一つ一つクリアしていけばいい。
「それにはまずどうするかだ」
大石はペンを宙に浮かしたままつぶやく。
まず、大高総理に二人のことを打ち明けなければならないだろう。
そして外務省のほうでも内密に検討してもらわなくてはなるまい。
英国内の問題としてはチャーチル卿がどうでるか……
国益を損なうとなれば、自分はこの恋をどうするのか。
「……難題だな」
大石はつぶやくと不敵ににやりと笑った。
どちらかを諦めるような自分ではない。
断固、両得でいく。


窓をぱらぱらと半分凍ったような雨が叩く。
……ああ、この国はどうなるの。
マーガレットはペンを指から放し顔を覆った。
ペンが机の上を転がる。
……それなのに私はあの方のほうが大切なのだ。
目の奥から熱い涙が湧き出す。
いつからこんなに気弱になってしまったのだろう。
自分がこんなに脆い人間だとは思わなかった。
ただあの人に逢いたい。
……大石さま!


海を越えて届けられた通信文の中に大石からの封書があった。
白い便箋には青いインクで几帳面な字がびっしりと書き込まれていた。
マーガレットははじめて見る意外と生真面目な大石の筆跡に微笑んだ。
愛している、の一言を口にすることを頑として避ける大石は手紙にも愛の言葉を書かない。
武骨な、それでいて真情のこもった手紙だった。
マーガレットは大きな慰めを感じた。
大石が目の前にいるように感じられた。
幻の大石は片手を差し伸べて彼女の頬にそっと触れる。
その指先の温かさまで思い出すことが出来る。
そうしたときの大石の強い眼の輝きが、暖かい微笑みがまざまざと眼に浮かぶ。
……さあ、元気をお出しなさい。
頼もしいしっかりした声が聞こえてきそうだ。
……私を信じて。いいですね。
優しい口づけ、力強い抱擁。
……大石さま!
こみ上がる想いに耐えかねてマーガレットは手紙を手に嗚咽した。
大石恋しさに熱い涙がはらはらと机に落ちる。
……退位したい。
もはや心弱い自分では女王の座に値しないとまでマーガレットは思いつめるのだった。