◆年齢計算CD編


紺碧の艦隊、旭日の艦隊。
新紺碧の艦隊、新旭日の艦隊、後世欧州戦史。
荒巻先生の大量の原作本にそれぞれのコミックス版。
関連ムック本に紺碧辞典、イラスト集。
OVAにドラマCD、サウンドトラック、PCゲーム……。
旭日関連アイテムはいったいどれだけあるのやら。
恥ずかしながら、私が持っているのはそのうちのごく一部にすぎません。
そんないたって不勉強なやかんに、紺碧の艦隊ドラマCDの内容を教えてくださった方があります。
『照和十一年九月十八日、伊号第七潜水艦艦長前原中佐と視察に来た高野が出会う』
『照和十二年十一月六日、前原、紺碧艦隊司令官となり、同時に戦死扱いとされる』
『富嶽太郎として暮らす前原の下宿先の娘は16か17。彼女と前原は「一回り以上年が違う」という表現がなされている』
――貴重な情報をありがとうございます。
今回はいただいた手懸りから、前原さんの年齢を探っていこうと思います。

 1)伊号第七潜水艦艦長前原中佐
伊7潜は定員104名という大型の潜水艦であります。
歴代の艦長の履歴を見てみると、中佐になって半年から二年目ぐらいで伊7潜の艦長の椅子に座ってられます。
前原さんも前年の照和十年十一月十五日に任ぜられたばかりの中佐、と推定するのがまず妥当でありましょう。
照和十年に中佐になるのは、普通なら海兵46期。
卒業成績が良ければその下の海兵47期でも数人が同期より一年早く昇進しています。
海軍には計画人事というものがありまして、将来帝国海軍を担うであろう優秀な人物に目星をつけて、同期より一年早く昇進させて重要ポストにつけていく慣習がありました。
具体的には兵学校卒業時の成績がモノを言います。
卒業席次は「ハンモックナンバー」と称しまして、海軍士官に一生ついてまわります。
上位10パーセント以内に入り、なおかつ海軍大学校も好成績で出ておくと、将来出世は間違いなし。
ですが前原さんは潜水艦乗り。
キツくて危険な上に出世コースとはお世辞にも云えないため、なにかと敬遠されがちだった「どん亀乗り」であります。
55期以降になるとそうでもなかったのですが、潜水艦乗りになる人は卒業席次がどうもぱっとしないのが普通です。
どん亀艦長の前原さんが恩賜組の優等生=計画人事対象者とはあまり考えられません。
ゆえに、前原さんはたぶん46期でしょうから、最年少で兵学校に入学したとして明治三十一年生まれ。
開戦時には43歳、アイスランド沖海戦のときには51歳。
――照和十一年に伊7潜艦長だったとすると、けっこう高年齢の設定になってしまいます。

 2)照和十二年十一月六日、紺碧艦隊司令官となり、同時に戦死扱いとされる
紺碧事典の前原一征の項には「対外的にはハワイ作戦で戦死したことになっている」という記述があるんですが、CDと原作の設定は統一されていないんでしょうか??
そのことは一旦横に置いといて――
艦隊司令官になられた、ということは同時に少将になられたということを意味します。
司令官になって(少将になって)、同時に戦死扱いになる?
紺碧艦隊が秘匿艦隊である以上、世間には前原さんが司令官になったことは秘密のはず。
となると前原さんは前原中佐のまま死んだことになります。
紺碧艦隊の事情を知らない人には、前原さんは「照和十二年に戦死した前原中佐」でしかないのでしょうか?
それとも特進相応の戦死状況をでっち上げておいて「前原少将」として記録されているんでしょうか?
もしそうなら、前原さんがどんな勲功を上げて二階級特進の対象者になられたのか、興味のあるところです。
照和十二年といえば日華事変が始まっていますが、この年の潜水戦隊の作戦行動は、陸サン輸送の艦船護衛と香港海域の交通遮断という地味な任務のみでした。
太平洋ならいざ知らず、中国大陸の沿岸が戦場では潜水艦が華々しく活躍しようがありません。
特進対象になるような派手な武勲をあげようがないような……。

それと前から疑問だったんですが、紺碧「艦隊」って……?
帝国海軍の「艦隊」の定義は以下のようなものであります。
――艦隊は軍艦二隻以上を以って編成し、必要に応し之に駆逐隊、潜水隊、海防隊、水雷隊、掃海隊、駆潜隊、航空隊又は駆逐艦、潜水艦、海防艦、輸送艦、水雷艇、掃海艇、駆潜艇、敷設艇哨戒艇を編入し港務部、防備隊、航空隊、特務艦及び必要なる機関等を附属す。(艦隊令第一条)
つまりかなりの大所帯にならなければ「艦隊」とは申しません。
しかしながら「紺碧艦隊」は潜水艦ばかり数隻の集団……そもそも潜水艦は軍艦ですらありません。
潜水艦の集団ならせいぜい「紺碧潜水戦隊」ではあるまいか?
潜水艦が二隻以上で潜水隊を編制できます。
潜水隊には潜水隊司令(中佐か大佐)を置き、潜水隊司令の乗艦する潜水艦を司令潜水艦と呼びます。
この潜水隊が二隊以上で潜水戦隊を編制できます。
潜水戦隊司令官は少将で、通常は潜水母艦が旗艦となります。

実質は潜水戦隊である「紺碧艦隊」ではありますが、前原司令官以下、紺碧司令部の構成はどうなっているのでしょう?
潜水戦隊司令部は司令官(少将)以下、六人の幕僚をおくことになっています。
   
 先任参謀  中佐
 通信参謀  少佐もしくは大尉
 機関参謀  少佐もしくは大尉
 軍医士官  大尉もしくは中尉・少尉
 主計士官  中尉もしくは少尉、特務士官・准士官でも可
 機関長  大佐もしくは中佐
 注:主計長と軍医長は潜水隊基地におかれ、潜水戦隊の幕僚には含まれない。

つまり前原司令官の幕僚として、参謀飾緒を吊った参謀が三人いないと困るんですが……。
紺碧司令部の幕僚はいったいどこにいったのか?
前原さんがイーサの日本武尊に「およばれ」にいったとき、前原さんの横に参謀飾緒をつった士官が一名座ってましたっけ。
彼が先任参謀?
後の三人は参謀飾緒なしの兵科士官でしたから、紺碧艦隊の艦長連でしょうか?
……普通こういうときは自分の幕僚を連れて行きますぞ、前原さん。
大石さんが富森艦長や他の軍艦艦長を連れてレイキャビクへ行くのを想像してみてください……かなり変です。
ひょっとして幕僚がいない……?
旭日艦隊の幕僚たちも居るのか居ないのか、ほんと影が薄いんですが、紺碧司令部の事情も似たり寄ったりのようです。

 3)富嶽太郎として暮らす前原の下宿先の娘は16か17。彼女と前原は「一回り以上年が違う」という表現がなされている
照和十一年、前原さんは既に中佐でした。
一番若く計算して、明治三十一年生まれの39歳。
17歳の娘さんと22歳も年が離れています。
こういう場合、「一回り以上年が違う」とは言わず、普通は「二十歳以上年が違う」と言いますね。
……??

ここは白紙に戻して、最初から考え直してみましょう。
17歳の娘さんと「一回り以上年が違う」といえば、何歳ぐらいの人を思い浮かべるか?
30歳もしくは30すぎが該当年齢ですね、普通は。
しかしながら、30歳もしくは30すぎで中佐二年目というのは実現不可能な話です。
裕仁親王(のちの昭和天皇)は22歳で海軍中佐になられましたが、殿下が少尉に任官なされたのは御年11歳でありました。
(皇太子・皇太孫は満十年に達し足る後に陸軍及び海軍の武官に任ず……『皇族身位令』)
つまり皇太子であっても中佐になるには11年かかったのです。
これは『海軍武官進級令』のなかに「実役停年」という進級に必要な期間が定められているからです。
「実役停年」はたとえ相手が昭和天皇であってもキッチリ適用されていたのであります。

前原さんに天皇でもできなかったスピード昇進を認めて「若すぎる中佐」にするか?
多少ムリな表現でも間違いにはならない「22歳差=一回り以上年が違う」なのか?
……どちらも不自然。
よけいなことを考えずに素直に解釈すると、CDでは前原さんは30歳そこそこの青年の設定なのでありましょうが……帝国海軍ではムリ。
原作に「前原以外は三十代の……」という一節があることを思うと、ドラマCDの設定は原作とはまったく別物のようであります。

以下余談。
後世では前原さんが艦長として乗っていたとされる「伊7潜」……史実では昭和十一年にはまだ出来上がっていません。
竣工は昭和十二年三月です。
進水は昭和十一年ですが、進水ではまだ完成したわけではありません。
まさか、竣工と進水を取り違えた?
……いやまさか(^^;
なぜまだ完成してもいない伊7潜をわざわざ選んだのでしょうか?
そりゃ後世ですもの、竣工年月日に多少の差異はあってもいいようなものですが、伊7潜に何か思い入れでもあったか?脚本家。

伊7潜は同型艦の伊8潜とともに巡潜3型と呼ばれる一等潜水艦です。
巡潜3型は水上速度と航続力に優れ、水上偵察機も搭載……終戦前年に完成した特型潜水艦の元となった甲型潜水艦の前身といえます。
その他の特徴としては旗艦としての機能があること。
狭いながらも司令官室や作戦室があり、旗艦に必要な無線設備も整っていました。
いわばイ601の原点の潜水艦といえるのが伊7潜でありました。
――前原さんにはイ601ゆかりの伊7潜艦長でいてほしかった……推測ではありますが、もしそうならなぜ照和十一年という時期を選んだか?
照和十一年でないといけない理由があったんでしょうか?
特別大演習のある年にしたかった?
でも大演習は十月だったような。
伊7潜のフライングもCD設定の謎のひとつであります。


追記
DVD-BOXの付録の又野監督のコメントによると、OVAの年齢設定はOVA独自のものらしい?
CDも原作とは関係なく、脚本家の好みで年齢その他の設定がなされてるような気がします。
ああ、あっちもこっちもフレキシブルすぎる旭日ワールド……。
辻褄が合わないと釈然としないやかんは、もういささかお手上げでござるよ。