◆年齢計算・磯貝編


磯貝君はいくつなんだろう?
……ほーらはじまった、やかんの病気。
でも、これは!という殿方の年齢って気になりませんか、ものすごーく。
OVAでは大佐の磯貝君、原作では少佐ですね。
また例の戦時特例ですかな?
なんにせよ、照和二十年夏、旭日艦隊出撃直後は少佐だったということですね。

やかんは前世をベースにして年齢計算をしています。
日華事変(昭和十二年)以降、海軍でも人員の補充と拡大を急ぎ、兵学校の教育期間も少尉候補生期間も、初級下士官の年限もどんどん短縮されていきました。
さらに太平洋戦争が始まると、進級はますますスピードアップされていきます。
兵学校に入校してから大尉になるまで、日華事変前には9年6ヵ月かかりました。
それが昭和十五年入校の七十二期は、兵学校の門をくぐってから僅か4年6ヵ月で大尉になっているのです。
平時なら彼らはまだ少尉候補生です。
前世日本は前線で消耗される戦力の補給に追われ、将校にさえ十分な教育が出来なくなっていたのでした。

さて、後世日本は照和十六年のクーデターにより、前世とは違った道を歩みだしています。
早い話がコテンパテンの負け戦が圧倒的な勝ち戦になっています。
ごっそり戦死したはずの人が生きている、ということになります。
……前述の七十二期などは戦死率が五割を超えていました。
つまり、そう必死でスピードアップして教育したり進級させなきゃいかんほど、消耗はしていないだろう……と、考えられます。
よって、前世の日華事変以降のややスピードアップされた人事事例で、開戦後も計算することにいたします。
前世の太平洋戦争中のハイスピード昇進は考慮にいれません。
照和二十年、磯貝君が少佐一年目なら三十一歳。
兵学校入校がぎりぎりの十九歳で、かつ少佐四年目なら三十七歳。
磯貝君は三十一歳〜三十七歳です。

もう一つのポイントは磯貝君は艦隊司令部の参謀だということ。
海軍には内令というものがありまして、それぞれの部署の階級や人数がすべて事細かに規定されています。
……あくまで前世でのはなしですが。
後世に内令が生きているのかどうかは、OVAを見ているとヒジョーに不安になります。
ともあれ、艦隊司令部の定員は兵科参謀が最低でも6人
 中佐1 中佐または少佐3 少佐または大尉2  となっております。
戦時特例のことはちょっと脇に除けておいて、磯貝少佐はこの場合
 中佐が1名だけなら、ナンバー2  な可能性があるんですね。
中佐と少佐のみで大尉がいなかった場合は、任官の後先によっては磯貝君は最後任参謀、という可能性もあります。

なにが言いたいかって?
どうもOVAの扱いを見ていると、磯貝君は原参謀長の隣にいつも控えていますから、まるで先任参謀のように見えます。
紺碧艦隊との会食時の席順でも、原、富森、磯貝、参謀の某……となっています。
でも磯貝君より階級が上の参謀が、少なくとも一名は司令部にいるはずです。
……おっかしいなぁ? どこへ消えた? 先任参謀。
考えられるのは、戦争の初期に先任参謀であるX中佐が転出したと。
ナンバー2だった磯貝君が先任参謀に納まったと。
そのときは戦時特例のどさくさでインスタント大佐になっていたので、磯貝君でも内令の条件をクリアできたと。
(戦時は一つ上級の階級者でもかまわない、中佐が大佐でもOKという臨時規定がある)
……苦しいですねぇ。こじつけですねぇ。
加えて、磯貝君が先任参謀になるには、最低3人いるはずの少佐参謀の中で最先任でなければいけません。
それには、少佐二年目以上でないといけない、ということです。

こじつけついでに、残りの参謀はみな少佐一年目だったので、少佐二年目の磯貝君でも最先任参謀になれた、ということにしましょうか。
……磯貝君はできれば若いほうがかわいいもん。
そういうわけで、やかんの脳内設定では磯貝君は照和二十年当時三十二歳。
太正二年生まれです。
大石長官とは十六歳、富森さんとは十八歳、離れています。
原さんは十歳お兄さんです。
若すぎる大佐なのが気持ち悪いぐらいで、やかん的には……磯貝君が可愛けりゃいい、さんざんこじつけてきたから、いまさらナントモ思わん……という気分なんですが、いかがでしょうか?