◆海軍礼式令


同じ軍隊でも陸軍式と海軍式の敬礼は少し違います。
よく知られていることですが、海軍の敬礼の挙手は陸軍のそれより肘を広げないコンパクトなものであります。
狭い艦内ではコンパクトにしないと肘がぶつかって邪魔になるそうです。
お辞儀をするときも陸軍は相手の目を見ながら、つまり顔を正面に向けたまま頭を下げますが、海軍はごく自然に頭を下げます。
さて、今回のどーでもいいことは「海軍礼式令」であります。
「海軍軍人艦船及び軍隊の礼式に関しては本令の定むる処に依る」
……というものです。
今回はこの法令に依って海軍さんの敬礼にはどんな決まりがあるのかを見てまいります。

礼式令の定むる処、敬礼には大きく分けて二種類ございます。
室内礼と室外礼であります。
敬礼はなんでもかんでも挙手の礼をすればいいってモノではありません。
挙手の敬礼をするときは、帽子をかぶっているときのみ。
帽子をかぶっていいのは、室外のときだけ。
室内では脱帽し、挙手の替わりに十五度のお辞儀をいたします。
帽子をかぶっていない軍人さんが、挙手の礼をしているなんて、大嘘なのであります。
……さすがにこの間違いは旭日の中にはなかったように思います。

   *追記*  第一話に、長官とオットー少佐が長官室内で、堂々と無帽挙手敬礼を交換なさってる場面があります(汗

室外とは屋外・諸甲板・短艇内・砲台・砲塔・通路・廊下などであります。
ここで上官に会えば、挙手注目の敬礼をいたします。
具体的には、右手の人差し指の第三関節が帽子の庇の縁に当たるように敬礼して、上官の目をじっと見つめます。
右手が塞がっていれば、注目だけして軽く頭を下げればよろしい。

室内とは、公室・私室・事務室・会食室・応接所などであります。
ここでの礼は、まず部屋に入る前に脱帽いたします。
脱いだ帽子は右手で庇を持ち、帽子の内側を見せないようにぴったりと腿に向けます。
そして上官に対して正面を向き、姿勢を正してしっかり目を見つめ、それから十五度のお辞儀をいたします。
例外としては、上官が下級者の居室に入るときは、別に脱帽しなくてもかまいません。

ここで練習問題。
Q1: とある軍施設の通路を大竹大尉がスタスタ歩いておりました。
おや、前方で大石長官・原参謀長・磯貝参謀の三人がなにやら立ち話をしております。
さて大竹大尉はどうすればいいでしょう?

A: そのままスタスタ歩いていき、歩きながら最上級者の大石さんに注目、そして敬礼。
原さん磯貝君にまで敬礼しなくてもよろしい。
 行き違うだけなら、歩いたまま敬礼するだけで立ち止まる必要なし。(07/5/19 訂正。ご指摘ありがとうございます)

Q2: 磯貝参謀が機密書類を長官室に届けに来ました。
応接セットのソファーには、大石長官・原参謀長・千葉少将・富森艦長が座っています。
さて、磯貝参謀はどうすればいいでしょう?

A: まず最上級者の大石さんに注目してお辞儀いたします。
それから他の一同にお辞儀します。
室外礼のときとは違って、大石さんだけにお辞儀というわけにはいきません。
書類は必ず右手で渡します。
その間、部屋に入る前に脱帽した帽子は左の脇に挟んでおきます。
書類を渡すと少し後ろに下がり、大石さんの次の命令を待ちます。

Q3: 磯貝参謀が富森艦長の私室に遊びに来ました。
なんと部屋には前原司令が来ていて、いい雰囲気でふたりでお茶をしていました。
さて磯貝参謀はどうすればいいでしょう? 

A: ……やかん的には気を利かして回れ右、でありますが(笑)
正解は脱帽した状態で富森さんにまずお辞儀であります。
そのあと前原さんにもお辞儀します。
階級的には富森さんより少将の前原さんのほうが上ではありますが、在室者が主と客であれば、先に主のほうにお辞儀しなくてはいけません。

海軍礼式とはいえ一般常識とそう変わるところはありません。
上官と同行するときは、その左側もしくは後方に従います。
顔見知りの上官なら、相手が私服であっても敬礼します。
階級がはっきりしない相手には、とりあえずお互いが敬礼。
ラッタルを登るときは上官が先、降りるときは後。
車に乗り込むときは上官が先に乗って、後で降りるのは一般と同じですが、カッターや内火艇に乗船するときは反対で、上官が後に乗り込み、先に下船します。

軍隊というところは階級や敬礼にまことにウルサイ集団でございます。
しかしながら旭日となると……ちょっと第七話の霞部隊基地を訪れた大石長官の場面を見てみましょう。
あれれ、千葉さんたら目上の大石長官の右側を歩いて平然としてますよ?
おや、教室という室内に入るのに、大石長官は着帽のままです。
普通なら帽子は控え室に置いてくるはずで、もし直接教室に来たのなら教卓におくべきです。
あらあら、帽子をかぶったまま板書しちゃって……。
大石さんは公室内を着帽のまま歩き回ったりする、やや無作法な長官であります。
長官がお行儀悪けりゃ、部下もまたしかり。
帽子をかぶったままテーブルに着いている士官とか、
外国君主の奉迎に艦内帽のまま整列する某砲術長とか、
司令長官の送迎礼をサボる某旗艦艦長・副長とか、
後世海軍はどうも礼式教育が行き届かぬようでございます……どーでもいいけど。



  *追記
毎度法令を引っ張り出しての細かい話で恐縮です。
やかん、大雑把な性格のくせに、細かいことをほじるのが好きでして。
この手の話、面白くなかったらごめんなさいですm(__)m
で、アップした後でふと疑問が……。
Q4: 木島砲術長と早水航海長が上甲板を並んで歩いています。
ふたりに出くわした新兵やかんはどーすればいいんでしょう……。
どっちも大佐。
どっちが先任か知らんですよ、やかんは。
どっちに注目挙手したらいいんですか……。
礼式令を念を入れて読みましたが、どこにも回答になる箇所はなし。
気になると我慢が出来ないやかん、またしても自衛隊さんに泣きつきました。
今回はさすがに恥ずかしいので、舞鶴の海軍さんを頼らず手近なトコロで質問。
「たしかにそういう想定での規定はありませんね……。三軍共通の礼式に関する訓令はありますが、詳細については陸海空それぞれの伝統や慣習に委ねているのが実情でありまして……」
「私服などで階級不明の上官が複数いる場合は、右側の人を最上官とみなして敬礼するよう、私は習いましたが……とりあえず右側の人に敬礼すればいいんじゃないですか?」
現場の人がわからん問題は、やかんもわからんでござるよ。

 ※追記2
――自衛官は、同時に2人以上の者に対して敬礼を行うべき場合は、そのうちの最上級者に対して敬礼を行うのを例とする(訓−11)
(解)ア 「例とする」とは、通常そのようにすべきであるという意味で、合理的理由があれば例外が認められると言う趣旨である。――  『海上自衛隊礼式参考書』より引用
とりあえず欠礼さえしなけりゃいいようで。