◆洗濯日和(磯貝参謀に甲板で出会いました)

おはようございます。
今日も見学ですか? ご熱心ですね。
……あー、いいお天気だー。
甲板に陽炎がゆらゆらして、すっかり春ですねぇ。
どうです、今日もきれいでしょう、甲板。
今朝も力いっぱい兵たちが磨いてくれたんですよ。
日本武尊自慢の大甲板です……。
……はい、甲板にはチーク材を使用しています。
おっしゃるとおり、たいそう値が張る輸入品でして。
甲板は潮をかぶるから、水に強い木でないとだめなんですね。
以前実験的に、戦艦長門の甲板に国産のヒノキ材を使ったこともあるんですよ。
だけどやっぱり傷みが早くてですね、二番艦の戦艦陸奥には従来どおり高価なチーク材が使われました。
……え? いっそのこと鉄板にしてしまえって?
アハハ、それじゃ夏場が大変ですよ、甲板がフライパンになります。

あっちは洗濯物がすごいでしょう、今日はホント洗濯日和だからなぁ。
軍艦じゃ洗濯物は艦首に干すんですよ。
艦尾だと煙突から煤が流れてきますからね。
海軍では艦首に麻のロープをびっしり張り巡らして、ロープに洗濯物を止め紐で結わえて干します。
水兵服の裾には紐を通す穴がちゃんとあけてあるんですよ。
陸軍では一般家庭と同じく物干し竿を使いますが、海軍ではロープを使用します。
ロープは丸めて仕舞えますが、物干し竿は収納に場所をとりますからね。
あ、陸さんは物干し竿のことをなんて呼んでいるかご存知ですか?
……ブッカンカン。
「物干竿」を音読みしてブッカンカン。
音読みされると何のことかさっぱりわからないですよね。
「物干し場」も陸軍にかかればブッカンバになるんですよ。
陸軍用語ってどうも堅苦しいんだなぁ。
何でもかんでも難しく言い換えて、手袋は「手套(てとう)」、手帳は「手牒(しゅちょう)」です。
おまけに外来語が嫌いで、ハンドルは「走行転把(そうこうてんぱ)」だし、ブレーキは「制動践板(せいどうせんばん)」です。
翻訳もいいけれど、なんかわざと分かりにくくしてるみたいですね。
「辛味入り汁かけ飯」ってなんだと思います?
陸軍さんの飛行場にお邪魔したとき、食堂の献立表にほんとにそう書いてあったんですよ。
あのときはいったい何を食べさせられるのか心配になりました……私は思わず唐辛子で真っ赤になったご飯を想像しまして、ご馳走にならず帰ろうかと思いましたよ。
……私、辛いものは苦手でして。
出てきたのは普通のカレーでした。

カレーといえば、日本武尊の名物料理がカレーでして……ひどく辛いんですけどね。
主計長が香辛料に凝ってまして、ええ。
乗組員に好評なんでそれなら金曜はカレーにしろと一昨年だったか長官が決められたんです。
……金曜はカレーの日? いや、私は聞いたことがありませんねぇ?
他所の艦ではカレーを毎週食べさせるなんてことはないと思いますよ。
だいぶ昔の話になりますが、私が戦艦山城で甲板士官をしていたとき、職務で兵食の試食もしてましたけど、カレーは月に二回ぐらいだったかなぁ?
金曜というと、海軍ではカレーじゃなくて洗濯の日です。
海軍では洗濯する曜日が決まっていて、火曜と金曜に洗濯をするんですよ。
朝食後、兵たちが洗濯物を抱えて甲板の所定の場所に集まってきます。
「洗濯始め!」の号令でいっせいに洗濯が始まります。
船の上では水は貴重品ですから、少しの水できれいに洗えるようにいろいろ工夫しているんですよ。
汚れのひどい作業服は一番下に敷いて、上にランニングとか汚れの軽い服を置いて、エフユ……下着で石鹸をよく泡立ててから洗うんですね。
石鹸箱のフタで水をちょいちょい掛けながら、泡が消えないようにごしごしこすります。
濯ぐ前によくよく絞って石鹸水を落として、荒濯ぎ、中濯ぎ、仕上げ濯ぎとオスタップ(洗い桶)を分けて順番に濯ぎます。
洗いあがったら「総員洗濯物乾し方!」の号令で洗濯ロープにびっしり隙間なく干していきます。
……ええ、あるんですよ、そういう号令が。
取り込むときも「総員洗濯物おろし方!」の号令で取り込みます。

私たち士官は洗濯物は従兵が洗濯室に持っていってくれて、アイロンがかかったのをまたチェストに仕舞っておいてくれるから楽チンなんですけどね。
あ、タダじゃありません、クリーニング代は給料から天引きされます、食事代と一緒に。
少尉中尉の頃はこのクリーニング代がばかになりませんでしてね。
とくに夏季の白ズボンなんかすぐに汚れてしまいますから。
下ろしたての日に限ってにわか雨に降られたりして……。
海軍士官たるもの、泥はねのあるズボンなんかはけません。
泣く泣くまた新しいズボンに替えるんですが、やはりそのあたりを上層部は考慮してくれてまして、梅雨期に限りズボンは紺の一種軍装でもいいことになっています。
雨に濡れても、紺だとまだ目立ちませんから。
上は白、下は黒になるんですが、白黒軍装もまたきりっとしまっていいものですよ。
……ズボンの本数ですか?
少ない人でも冬服二本、合服二本、夏服は六本ほど持ってますよ。
私は汗かきなんで、三・三・十。
軍帽も三つ持ってます。
略帽は……えーと、いくつあったかなぁ、ははは。
よく置き忘れてしまうもんで……。
……おっと、そろそろ課業開始ですね。
私は部屋に戻りますが、どうぞごゆっくりなさってください。



  ※参考図書
  『軍艦旗を降ろせ!!』小池和彌著 光和堂
  『海軍生活』丹羽徳蔵著 光和堂
  『続々素顔の帝国海軍』瀬間喬著 海文堂