◆海の情景
大石のある日の夢の話である。
真っ白な空間に大石はひとり佇んでいた。
……ここはどこだろう?
そう思って目を凝らすとどうやら広い芝生の公園にいるようだった。
……霧かな?
大石は空を仰いだ。
薄いガスのような雲がすーっと晴れて、淡い青空がのぞいた。
その淡い青に大石は見とれた。
……なんて優しい色なんだろう。天国の空というものがあるとしたら、きっとあんな色をしているのだろうな。
どこか懐かしいような淡い青。
心が澄み渡るような、そんな神々しい空の青。
しばらく大石は無心に空を見上げていた。
遠くで子供の遊ぶ声が聞こえる。
……ああ、どこかに子供がいるんだな。
大石はそのままなんとなく芝生の上を歩いていった。
……雨か?
いつのまにか細かい霧雨がサラサラと降りかかってきている。
大石の手には紺色の傘が握られていた。
……ああ、傘だ。
大石は傘をさした。
遠くに水色の水平線が見える。
……海が近いんだな。
霧が急に濃くなってきたような気がした。
……霧雨のせいだろうか?
傘を外して大石は空をもう一度見上げた。
もう青空は見えなかった。
視線を戻すと目の前に小さな女の子がしゃがんでいた。
……おや?
三つか四つか?
西洋人の女の子だ。
上流階級の子らしく、高価そうなレース飾りのワンピースを着ている。
女の子も大石に気がついたらしく、目を上げた。
たいそう可愛らしい子だ。
女の子は不思議そうな顔をして、大石をじっと見上げた。
目があって大石が微笑みかけると、女の子もにっこりと笑った。
「雨に濡れてしまうよ?」
大石は持っていた傘を女の子に差しかけた。
女の子は立ち上がって、大石の傘に手を伸ばした。
「お嬢ちゃんに持てるかな?」
女の子の小さな手に大石は傘の柄を差し出してやる。
金の髪に青い瞳の愛らしい少女。
……ああ、マーガレットだ! 子供の頃の!
見覚えのある青い瞳に大石はそう思い当たる。
「……プリンセス・マーガレット?」
大石は優しく微笑んで女の子に話しかけた。
案の定、女の子はこくんと頷いた。
「……やっぱり。はじめまして、プリンセス」
サラサラと霧雨がふたりの周囲に柔らかな音を立てていた……。
まだ薄暗い日本武尊の私室のベッドで大石は目覚めた。
何かいい夢を見ていたとしか思い出せなかった。
細かな雨が降っていて、ちっちゃな女の子に傘を差しかけてやったことだけが、ぼんやりと思い出せた。
……なんだろうな? 懐かしいような気分だけは覚えているんだがな。
大石は枕の上でもう一度目をつぶった。
……霧の中からのぞく青空。
はっきりとは思い出せないが、いい夢だったのは間違いなさそうだ。
起床時間まで、まだもう少しある。
大石はまた心地よい眠りに戻っていった。
夢の中の大石は、幼いマーガレットの手を引いて波打ち際に立っていた。
砂浜に寄せる灰色の長い波。
引いては寄せ、寄せては返し。
寂しくも美しい波の音。
遥かな沖から絶え間なく続く白い波涛。
小さなマーガレットの金髪と白いワンピースがひらひらと海からの風になびく。
飽きることなく打ち寄せる波をふたりは並んで見ていた。
夢の中で、この海の情景を彼女が覚えていてくれるようにと大石は願っていた。
やがて自分と出会い、恋をすることになるであろう幼いプリンセスに……。