◆茶飲話〜続き


「おまえ、よく食うなあ」
原が呆れたように磯貝を見て言った。
「お茶のおかわりを淹れましょう」
富森がにこにこと磯貝のカラになった湯飲みを下げてやる。
彼は歯の治療中ということで硬いものはあまり食べられない。
「あ、すみません」
せんべいをほおばりながら磯貝が頭を下げた。
「若いんだな、そんなに食えるのは」
大石はすでに食べ飽きて専らほうじ茶を啜っている。
「じつは昼飯を食っていなくて」
言わなくてもいいことを磯貝がつぶやく。
「なんでだ? ひょっとして昼に提出させたレポートか? あんなものにどうしておまえは昼飯も食えないほど時間がかかるんだ?」
原の声が微妙に尖る。
「まあ、そんなに苛めてやるな。しかし飯抜きはいかんな」
小さく縮こまる磯貝を庇うように大石が割ってはいる。
「そういうときはだな、従兵にいって握り飯にでもしてもらえ。それならあとからでも食えるだろう」
大石は要領の悪い磯貝に知恵をつけてやる。
「とにかく磯貝、おまえはもう食うな。飯代わりに食われてはかなわん」
原はそう言ってせんべいの缶に蓋をしてしまった。
「ははは、まあお茶でも。せんべいは腹の中でふくれますからな。今度は夕食が食えなくなります」
富森は湯気の昇るほうじ茶を磯貝の前に置いてやった。
「あ、艦長、俺にももう一杯茶をくれんかね」
大石が湯飲みを差し出した。
「はい。昆布茶もありますがいかがですか?」
「ほう、いろいろあるんだな! 頂こう」


ひさびさのせんべいを堪能した一同はのんびりと茶を喫している。
話題は磯貝に振られていた。
「一度聞こうと思っていたんだが、どうして軍人になろうと思ったんだ?」
少々意地の悪い質問を原は口にした。
「はあ、うちは蒔絵の職人でして本当なら私が家業を継がなくてはならなかったんですが」
「蒔絵というと工芸品のあれか?」
大石が口を挟む。
「そうです、漆器の上に金砂で絵を描くやつです。ですが早くから不器用すぎると親父は私に見切りをつけまして……」
「そりゃそうだ」
「だろうな」
異口同音に大石と原が相槌を打った。
磯貝は少し傷ついた顔をしたが気を取り直して続けた。
「で、家業のほうは姉が婿を取ることになりまして。私は勉強が好きなら坊主か軍人になれと親父に言われました……」
「で、おまえは坊主がいやだったんだな?」
大石が優しく聞き返す。
「いえ、私は別にどちらでもよかったんです。ただ母がこの子は坊さんには向かないと……この子は頭の形が悪いから、剃りこぼすとみっともないんで可哀想だと言ったんです」
皆はいっせいに磯貝の頭に注目した。
「ん……まあ丸くはないな」
「多少鉢が開き気味か」
遠慮のない大石と原がずけずけと磯貝の頭の形を批評した。
「ああ、あまり見ないで下さい……」
恥ずかしそうに磯貝は頭を両手で覆った。
「制帽のサイズが上手く合わないのでいつも困っているんです」
「それで略帽を被りたがるのか」
大石は納得したように頷いた。
「とくに頭の形がどうとか、そんなふうには見えませんが?」
富森が思いやりをこめて言った。
「あ、髪型に気を使っているんです。床屋で注文をつけて……ここのところを長めにして、角ばったところを目立たなくするようにと」
磯貝はスポーツ刈りの頭の角を押さえて見せた。
「どれどれ」
好奇心旺盛な大石が立ち上がって磯貝の頭を撫でにいった。
「おっ本当だ。おまえ頭が四角いな。ここんとこが角張ってるぞ」
大石が面白そうに磯貝の頭を両手でぐりぐりと押さえる。
「へえ、私にも触らせてください。あっ尖っている!」
原までが磯貝の頭をぽんぽん叩く。
「あああ、やめてくださいよ」
ひとしきり磯貝はふたりのおもちゃになった。


やがて大石と原は長椅子に戻り、磯貝は半べそ顔で茶を啜っている。
「いや、磯貝参謀のような純なお人にお経を上げてもらえたらいいでしょうなあ。成仏できそうな気がします」
富森が爺むさい陰気なことを言い出した。
「べつに在家でもよろしいのですし。私も写経はたまにいたしますが」
「ほう、写経は気持ちが落ち着くと言うな」
「はい、休みの朝などになかなかよろしいものですよ」
ふたりの話をよそに原は磯貝が坊主になったところを想像していた。
(あいつが坊主になって俺の葬式に来たら……お経ぐらいは聞いてやってもいい。しかし絶対何かやらかすだろうな。足が痺れてこけるとか。抹香盆をひっくり返すとか。まあおちおち棺の中で寝てられんだろう)
原は混乱するであろう葬式の様子と、半べそ顔の磯貝和尚を想像してにやりとした。
(ふふん。おまえを見て笑いながら成仏するのもいいかもしれんな)
「磯貝、例の航空演習の要綱だが」
原は声をひそめて卓越しに話しかけた。
「はっ」
磯貝は緊張して原の顔を見た。
原の目は微笑んでいた。
「あとで下書きを持ってこい。手伝ってやる」
意外な言葉に磯貝は目を丸くした。
「だから安心して夕食を食っていい。いいな」
ふっと彼に笑いかけると、原はもう知らん顔で大石たちの話に耳を傾けている。
磯貝は自分の頬をつねってみたい気分だった。
そういえば今日わざわざ彼を誘ってくれたのも原なのである。
(どういう風の吹き回しだろう? ……俺はすごく嬉しいけど)
磯貝は照れかくしに頭の出っ張りをごりごりと掻いた……。