◆磯貝君涙する〜続き
原は私室で休養していた。
彼はおとなしくベッドに横になって氷嚢で顔を冷やしていた。
ドアがノックされた。
(こんな時間に誰だ?)
原はベッドに起き直った。
「入るぞ」
ドアから顔をのぞかせたのは大石だった。
「長官!」
「遅くにすまん、見舞いに来た」
大石はつかつかと部屋の中に入ってきた。
ベッドから立とうとした原を片手で制してデスクの椅子を掴み、ベッドサイドまで運ぶとそこに腰掛けた。
しかたなしに原はベッドにもう一度腰を下ろした。
大石は椅子の背もたれに肘とあごを乗せて、原の顔をニヤニヤ見ている。
「見事な腫れ方だな。あたら美形が台無しだ」
「これでもだいぶ腫れがひいたんですがね」
「痛むかね?」
「いや少し疼く程度です」
「ふうん」
大石の目が悪戯っぽい光を帯びた。
「磯貝がキレて参謀長を殴ったともっぱらの噂だぞ?」
「……違いますよ」
原がつまらなさそうに口を尖らした。
「だろうな。本当だったら軍法会議ものだ」
大石のニヤニヤ笑いはおさまらない。
「暴力沙汰とは程遠いやつだからな磯貝は」
大石の言葉に原の目が意地悪く光った。
「……もし、磯貝が本当に私を殴ったんならどうします? 長官」
「ん?」
大石は意表を衝かれて原の顔を見た。
「長官は磯貝を庇いとおしますか?」
「それは……」
大石は一瞬言葉に詰まった。
「……昼間のヤキモチの続きかね?」
「ええそうです。磯貝を取るか私を取るか」
原が凄艶に微笑む。
「まいったな、原君も冗談がきつい」
大石は弱ったように首を叩いた。
「そのときは俺が磯貝を殴ってチャラにする、ということでどうだ?」
「なんですかそれは。いいかげんな」
原は失笑した。
「ふふふ、俺はもともといいかげんさ……で、その磯貝なんだが」
気さくな笑顔のまま大石は原の目を見た。
「すまんがひとつ、出来の悪い弟だと思って面倒を見てやってくれんかな?」
(やっぱりそうくるか……)
心の中で原はため息をついた。
「……私は最初からそのつもりでいますよ」
「そうか、そうだったな……すまん」
大石は真面目な顔に戻ると原に頭を下げた。
「いつも厄介事ばかり押し付けてすまない……」
「いいんですよ、それが仕事なんですから」
原は諦めたように寂しげに笑った。
損な役回りは承知のうえだ。
「惚れた、弱みかな……」
原は横を向くとぽつんとつぶやいた。
「ん? なんだ?」
大石は聞き逃したらしい。
「いいえ、少し打ち所が悪かったみたいで。なんでもありません」
「?」
きょとんとしている大石に原は涼しげに微笑んで見せた……。