◆悪寒(おまけ)
「いつまでいるんだ?」
横でおとなしく丸まっている磯貝に、原が話しかけた。
「あ、かえって寝にくいですか?」
磯貝がぱちっと目を開けて原を見た。
「うん、窮屈だ」
「温まれたのなら、私は帰りますよ」
「うん、そうしてくれ」
原はわざとぶっきらぼうに言い放つ。
「ほんとにいいんですか?」
ベッドからもぞもぞと半身を起しながら、磯貝は鼻を鳴らしそうな表情で原を見る。
「なんだ、俺と寝たいのか?」
原は意地の悪い言い方をすると、磯貝にニヤリと笑いかける。
どうやら磯貝をからかうつもりらしい。
「……そういう言い方はですね」
「なんだ?」
「か、帰ります……」
「なに今頃赤くなってるんだ、おまえ。さっきは平気で俺に抱きついたくせに」
ベッドを出ようとした磯貝の胴に腕を伸ばすと、笑いながら原は彼を毛布の中に引き戻す。
「そ、それはですね」
くすくす笑う原に抱きかかえられて、ぎくしゃくと体の向きを磯貝は変えようとした。
「おい、磯貝……」
「どわっ!」
毛布の中に潜った原が、なにか悪戯をしたらしい。
「ククク……」
毛布の中の原の笑い声はくぐもって聞こえた。
「じょ、冗談はよしてください!」
「そんなこと言って……」
「な、なに、すんですか!」
「……」
「……」
「ぶはっ!」
笑いにむせながら原は毛布から顔を出した。
何をされたのか、磯貝は度を失ってうろたえている。
「いいかげんにしてください!」
「ははは、なんだこれは」
「や、やめてー」
「黄色い声を出すな、気持ち悪い」
逃げようとする磯貝を押さえつけて笑いながら、原は決めつけた。
狭いベッドの上で、ふたりは互いを押さえつけようと、むきになってつかみ合った。
もちろんふざけてであるが、どちらも譲ろうとはしない。
しまいには真顔になって、渾身の力を込めてのとっくみあいになる。
「か、噛みつき引っかきは、なしでお願いしますよっ」
「誰が噛んだ?」
「だから噛まないでと」
「こうか?」
原は彼の手首を押さえ込んだ磯貝の手の甲に、軽く歯をたてた。
「きゃーっ」
「大げさなやつだ、歯を当てただけだろう」
白い歯を見せて原が笑った。
またドタバタとふたりはベッドの上で激しくもみ合った。
「卑怯モノーっ」
悲鳴を上げた隙に手を振りほどかれて、今度は逆に磯貝が完全に押さえ込まれてしまった。
「ふん、なんとでも言え。降参するか?」
息を弾ませながらも、勝ち誇って原は磯貝の耳元に囁いた。
「……しないっ!」
上から押さえつけられて苦しそうな息の下で、それでも磯貝はむきになって言い張った。
「ふーん、じゃこれでどうだ?」
原が意地悪い笑みを浮かべて、磯貝の耳たぶにフーッと息を吹きかける。
「うわわっ!」
「降参するか?」
「しなっ……や、やめてー!」
磯貝が悲鳴というより、嬌声を上げる。
原がまたなにかしたらしい。
「あはは、なんて声だ」
笑って力が弛んだのか、そのすきに磯貝が必死になって身をよじる。
「う、まだやるか」
再びふたりはとっくみあう。
「ああ、疲れた。汗までかいた」
ばたりとベッドに仰向けに倒れて原が呟いた。
「……熱があるくせに、暴れるからだ」
その隣で放心したように壁にもたれていた磯貝が疲れきってポツリとこぼす。
「ふん」
「……汗ってそんなに?」
ふと気がかりになった様子で、磯貝が原を覗き込んだ。
「ああ、けっこうな」
原は今の格闘ですっかりはだけてしまった寝間着の衿を気持ち悪そうに引っ張った。
汗にすっかり湿ってしまっている。
「着替えますか?」
「ん? 邪魔くさいなぁ」
「だめですよ、また冷えてしまいます」
磯貝は自分がそもそも看病のために来ていたことを思い出したらしい。
ベッドを降りるとまめまめしく着替えの準備にかかる。
「ええと、着替えはチェストですか?」
一番上の引き出しから彼は新しい寝間着を引っ張り出した。
「はい。下着も替えて下さいよ」
そう言って彼は寝間着と下着をポンとベッドの上に置いた。
「いらん世話をやくな」
下着に目をやって、原が顔をしかめた。
「手伝いましょうかぁ? ウッフッフ……」
ニンマリと笑って、今度は磯貝が原に迫る。
「あ、こら。よせっ」
「はははぁ、そうはいきません、ほら脱いだ脱いだ!」
逃げかかる原に追いすがって、磯貝は原の寝間着を脱がせにかかった。
「こらっ、俺は病人なんだぞっ」
「へへぇ、だから着替えをお手伝いしてるんですよ」
「怒るぞ!」
「あーあ、こんなに汗かいちゃって。なに抵抗してるんですよ」
「や、やめっ……」
「はい、最後の一枚ッ」
「わーーー!」
「やだな、もう。なんだか私がヘンなことしてるみたいだ」
口を尖らして磯貝は不服げに首をかしげると、下着を両手で押さえて縮こまる原を見下ろすのだった。