◆茶飲話
「ああ、原参謀長」
艦橋を降りようとした原を富森が呼び止めた。
「先日お話していた荷物が届きまして、よろしかったらこれからいかがですか?」
「あ、というと……!」
原は喜色を浮かべ、富森はにんまりと頷いた。
「それは願ってもない。いいんですか」
「どうぞどうぞ」
横で磯貝が書類を手にしながら、不思議そうな顔をしてふたりを見ていた。
「艦長、こいつも連れて行ってよろしいでしょうかね?」
原は磯貝をあごでさした。
「おお、もちろんです。ぜひいらっしゃい」
目を細めて富森は磯貝に頷く。
「え? あ、私はまだ仕事が」
磯貝はわけがわからないまま、手にした書類をふたりに示した。
「そんなもの、寝る前にでも片付けろ。いいから来い」
「は、はあ」
磯貝はきょとんとしたまま後についていった。
一行はちょうど艦長室の手前で大石と出くわした。
「おや? 何の集まりかな?」
大石は不思議そうな顔をして富森に尋ねた。
「いや、せんべいが手に入りましてな。ひとつ皆で茶請けにしようかと」
「ほお! せんべいとは懐かしいな。俺も行っていいか?」
「どうぞどうぞ」
富森は笑って艦長室のドアをあけた。
「お使いしてすみませんが、缶を開けていただけませんか?」
「いいですよ」
原は気安く答えて大きなブリキ缶を富森から受け取った。
「よく手に入ったなぁ」
ためつすがめつ缶を見ながら原は嬉しそうに密封材を剥がしにかかった。
「原君がそんなにせんべいが好きだとは知らなかったな」
大石が意外そうに原の様子を見て言った。
「いや、せんべいなら何でもいいというわけではありません。美味い店のものではないと」
「ほお、そんなに違うかね。じゃあこれは」
「この店のせんべいは絶品ですよ」
「ほお」
大石にはせんべいと原の組み合わせが妙に思えるのだろう、手際よく密封材を始末する原を面白そうに眺めていた。
磯貝は目を丸くして原を見ていた。
こんなにニコニコ顔の参謀長は今まで見たことがない。
しかも何かと思えばせんべいとは。
富森がとぽとぽと急須に湯を注いでいる。
「大使館に古い知り合いがおりましてな。日本からの贈答品をまあ、横流ししてもらったわけでして」
「あるところにはあるということだな」
「そのようで」
大石に答えると富森は大ぶりな湯飲みを皆に配った。
「せんべいにはほうじ茶がよろしいかと」
「出がらしの食堂の番茶とは香りが違うな」
大石は満足そうに熱々のほうじ茶に手を伸ばした。
「さあ、とれた!」
ぱこん! という音とともに缶のふたが原の手で開けられた。
薄模様の入った和紙を取り除けると、大きな缶にぎっしりとせんべいがそのまま詰まっていた。
「……たくさんありますね」
唾を飲み込んだような声で磯貝が上から覗き込んだ。
「どれ、ひとつ頂こうかな」
大石がまず手を伸ばした。
皆がそのあとそれぞれに手を伸ばす。
関東風の分厚い手焼きのせんべいである。
ばりばりという音とせんべいの香ばしい匂いが艦長室に広がった。
「美味いなあ」
「懐かしい味だ」
「もう一枚いいですか?」
「遠慮せずにどうぞ」
「俺も貰おう」
「これが食べたかったんですよ」
「お茶もありますよ」
座はいっせいに賑やかになった。