◆酒嫌い
うわぁ、驚いた!
ど、どうしたんです、こんな夜中に。
うっぷ、酒くさー。
元旦の夜、正確には日付が変わって一月二日の深夜……。
原が何も言わずに私室に入ってきて、そのまま磯貝のベッドに倒れこんできたのだ。
磯貝はあわてて灯りをつけ、原を抱き起こした。
「……」
原は力なく磯貝にそっくり身体を預けてきた。
「うわっ」
磯貝は焦りながらも重たい原の上体を抱きとめた。
酒のにおいがプンプンする。
「き、気分が悪いんですか?」
「……ん……」
「悪そうですね、ものすごく。横になりますか?」
「……」
原はなんとも答えず、磯貝にもたれかかったままだった。
(うわー、人間の酒漬だな、これは)
原自身からだけでなく、彼の軍服や髪からも酒の臭いが強くした。
(意識はちゃんとあるのかな?)
「参謀長? 部屋を間違った……んですか? 私のこと、わかります?」
磯貝の問いかけに、原の唇がゆっくりと動いた。
「……いそ、がい」
「あ、しゃべった」
原が薄く目を開けた。
青ざめた顔に血の気のない唇、ひどく辛そうだ。
「あーあ、もう」
そんな原をしっかりと抱きかかえてやりながら、磯貝はため息をついた。
飲めない酒を無理強いされる辛さは、下戸の磯貝にはよくよくわかる。
「水は飲めそうですか?」
原が億劫そうにかすかに頭を振った。
頭を振ったのがいけなかったのか
「うっ!」
原は吐きそうな動作をした。
「わっ! 待って」
磯貝は原を担ぎ上げるようにして、洗面台に彼を引っ張っていった。
「さ、いいですよ、ここなら」
苦しげに洗面台に屈む原を、磯貝は支えてやった。
「……全部吐いちゃいなさい……そうそう……」
磯貝の声は優しかった。
「もうおしまいですか? じゃいったん休憩」
その場に崩れ落ちる原を、磯貝はそっと受け止めてそのまま壁を背にして座らせた。
「また吐き気がしたら、すぐ言ってくださいね」
そう優しく声をかけると、磯貝は原が汚した後始末にかかった。
吐いたことによって、原は幾分楽になったらしい。
力なく壁にもたれて座ったまま、原はそれでもすうすうと寝息をたてだした。
ん……。
顔に冷たいものが当たる。
水で濡らしたタオルだと、すぐに見当がついた。
「お湯でなくてすみません。こんな時間だから、水で勘弁してくださいね」
磯貝の気の毒そうな声が上から聞こえる。
原の顔と首筋を丁寧に優しくぬぐってくれている。
「上着だけでも脱ぎましょうよ」
協力するのも億劫で、原はそのまま磯貝の手に世話を任せていた。
上着のホックを磯貝の不器用な手が一つ一つはずしている。
重たいマネキン人形から服を脱がせるようにして、磯貝は上着の袖を引っ張って脱がした。
「参謀長、ここじゃ風邪をひきますから、ベッドに上がってくださいね」
親切な声は聞こえていたが、原は自分から何かする気が起こらなかった。
彼は無気力に磯貝の膝に頭を乗せたまま動こうとしなかった。
……目を開けるのも億劫なんだよ……。
「はいはい……わかりましたよ」
そんな原に磯貝の声はあくまで優しかった。
「せぇーの!」
ぐっと磯貝は全身に力を込めて、原を抱き上げた。
……あ、力があるんだなぁ。
抱きかかえられて身体が床から空中に浮く感覚に、原の遠い意識がどこかで感心していた。
……あ、もう着地か。
床よりもやわらかいベッドの感覚に原はほっとする。
「はい、朝までお休みください。水は要りませんか?」
いまは要らん、と口の中でつぶやいて、原は寝返りを打った。
「あの、ずっとそばにいましょうか?」
いやいい、と原が面倒くさそうに手を動かした。
「御用はありませんか、ほんとに」
「……」
原の反応はもうなかった。
「じゃ、すみませんけど参謀長のお部屋とベッドをお借りしますよ……」
聞いてないだろうな、と思いながらも磯貝は一応そう断りを入れた。
そしてもう寝息をたてだした原に、磯貝は毛布をかけてやった。
磯貝は悪酔いした原の寝顔を気の毒そうにみつめていた。
(でも、どうして俺のところに来たんだろ?)
くしゃくしゃに髪を乱して、ふらつく足で磯貝のベッドに倒れこんできた原。
彼が吐いた挙句ベッドを占領して寝てしまったことについては、磯貝は迷惑とも思っていなかった。
(そりゃ、びっくりはしたけれど……お気の毒に辛そうだなぁ)
少し眉を寄せた表情で深い呼吸を繰り返している原の寝顔は、普段の隙のない俊敏な参謀長とは別人のように弱々しく無防備だった。
(やっぱりそばにいてあげようかなぁ)
そう思い直しかけた磯貝だったが、やはり我慢できないぐらい酒くさい。
磯貝は閉口した顔になって、ベッドから離れた。
それにもう、たまらなく眠い。
(すみません、参謀長。薄情だけどやっぱりお部屋をお借りします)
そう心の中で謝ると磯貝は部屋の灯りを消し自室を出た。
そしてパタパタとサンダル履きに寝間着のまま、原の私室に向かったのだった。