◆酒嫌い〜続き
うーむ、飲みすぎたか?
少し頭が重い。
いかんなあ、服も着替えずに寝てしまったな。
何時だ?
まだこんな時間か。
大石はベッドに起き直った。
……愉快だったな、昨夜の酒は。
大石は陽気な酒が大好きだった。
飲むとご機嫌になる賑やかな飲兵衛たちと付き合うのが好きだった。
彼自身も若い頃はさんざん無茶をしたものである。
酒の師匠は海軍でも酒豪で聞こえた川崎御大……現在の紅玉艦隊の川崎長官である。
軍令部に勤務していた頃は、彼と一緒に芸者を呼んではあちこちの料亭で痛飲したものだ。
ふたりとも身軽で気儘な独り身暮らし……芸者にもよくもてた。
今は飲む機会も激減し、酒量もめっきり減った。
しかも年のせいなのか、たまに一定量を越すと昨夜のように睡魔にまず負けてしまうたわいなさだ。
……そうだ、どうしたかな原は。
大石はベッドを降りると、コキコキと首を回した。
……酔った原が色っぽくて可愛いので、ついつい無理強いして飲ませてしまった。
原は切れ長の目元を酔いで赤く染め、いやいやをするように首を振って、それ以上の酒を拒んでいた。
強いて杯を持たせようとすると、顔を背けて嫌がるさまがなんとも艶であだっぽい。
そこを抱き寄せて唇に無理に杯を含ませると、怨めしそうに上目遣いで睨んでみせる彼のあの凄い色気ときたら……。
あんな色っぽい顔をされては、よけい虐めてみたくなるじゃないか……大石は酔った原を思い出して複雑な表情になった。
……我ながらけしからんマネをしたと思うが、つい、な……。
大石はぽりぽりと首筋を掻いた。
……怒ってるだろうな。
「ふう」
ざばざばと勢いよく顔を洗うとさっぱりした。
タオルで水気をぬぐい、洗面の鏡を見ながら大石は思案した。
……かなり飲ませたからな、大丈夫だったかな? もう寝てしまっているだろうが、少し部屋をのぞいてみるか。
大石は通路に出て、少し先の原の私室をうかがった。
……あれ、明かりがついている?
大石は原の部屋の前に立ち、ドアをそっと開けて声をかけてみた。
「原、起きているのか?」
返事はなかった。
大石は首をかしげた。
……灯りをつけたまま、寝てしまったかな?
「入るぞ」
そう断ると、大石は部屋の奥のベッドの前に進んだ。
カーテンは開いたままになっていて、寝姿が見えた。
……きちんと着替えて寝ているな、俺と違って。あれだけ酔っていたのに、やっぱり几帳面だな。とにかく、苦しそうにしてなくてよかった。
よく眠っている彼に安心して大石は部屋をまたそっと出て行こうとした。
そのときちょうど彼は寝返りを打って、こちらに顔を向けた。
むにゃ、とか太平楽なことをつぶやいて、幸せそうな寝顔を向けているのは間違いなく磯貝である。
「なんでおまえがここにいる? どうなってんだ? 原はどこだ?」
大石の問いかけにも、むにゅう、とだけつぶやいて、磯貝はそのままクークーと眠り続けている。
こんなによく眠っているものを起こすのは、さすがに大石でも気が引ける。
ベッドを離れると、大石は念のためバスルームも覗いた。
やはり原はいない。
……どうなってんだ? 部屋の取替えっこか?
大石は首をひねった。
……わからんよ、若いものの考えることは。
不得要領な顔つきのまま、パチン、と部屋の灯りを消すと、大石は原の部屋を後にした。