◆参謀長を頼む


大石は長官室のソファーの肘掛に頬杖をついて原を見ていた。
原は書類を手に、テーブルの前を行ったり来たりして一所懸命説明している。
大石の前にも書類はあるが、彼は手に取りもせず原の顔をじっと見ていた。
原が立ち止まった。
「聞いていらっしゃるんですか、長官」
「ん。ああ、聞いてる」
疑わしいもんだ、と原の顔つきが険しくなる。
人がこんなに一生懸命説明しているのに。
「それでもし、アメリカ側がですね……」
くしゅん、くしゅん!
言いかけて、原はくしゃみを二度続けてした。
「……失礼しました。アメリカが」
「もういい。参謀長」
たまりかねて大石が制した。
「いいからもう休んでくれ」
「ですが」
「ちゃんと読んどくよ。だから心配するな」
書類をテーブルの上でとんとん、と揃えて大石は原を追い出しにかかった。
風邪で辛そうな原にこうカリカリされては、見ているこちらの気がしんどい。
「ほかの用意もあるから、な?」
不承不承、原は長官室を退出した。
レイキャビクで三軍合同作戦会議があるというのに、大石が自分を連れて行かないというのが、原には不満だった。
しかもその理由というのが、原の体調なのである。
こんな風邪ぐらいで!
「ああ、磯貝、ちょっと」
原に続いて部屋を出ようとした磯貝を大石は呼び止めた。
「え? はい」
磯貝がテーブルのそばに戻る。
その後姿にチラッと目をやって、原はドアを閉めた。
ますますもって面白くない!


「あの、なんでしょうか?」
呼ばれた磯貝はおずおずと上目遣いで尋ねる。
磯貝は昨日から機嫌の悪い原に散々当り散らされていて萎縮しきっている。
……あーあ、気の毒に。
しょぼくれた磯貝の様子を大石はソファーから可笑しそうに眺めた。
もう以前のようにふたりの不仲は心配していない。
ほうっておいてもこの頃はもういつの間にか仲直りしている。
「おまえも苦労するな」
苦笑まじりに大石が話しかけた。
「はあ、いえもう」
「慣れたか」
「……はぁ」
「ははは……いや笑っちゃいかんな。じつはその原のことでな、おまえに頼みがあるんだ」
意外な大石の言葉に磯貝は目をぱちくりさせた。
「まあ、座れ」
大石は目許だけで笑って磯貝にソファーを勧めた。
「はっ」
緊張して磯貝が座る。
なんだろう?
磯貝は両膝の上に手を揃えて、大石の言葉を待った。
「まったく原は……」
大石は独り言を言うように話し出した。
「……風邪気味だから休んでおれというのに、こんなものまで作ってくる……」
大石はテーブルの上の草稿を手に取った。
原の神経質そうな細かい字がぎっしりと書き込まれている。
そのインク跡をいとおしそうに見つめて大石は微笑む。
「無理をさせたくないから今回の会議に連れて行かんというのに、困ったやつだ……」
(やさしい目をされるなぁ。長官は参謀長を大事にされているから)
磯貝はそんな大石に見とれてしまう。
「こんな世話を焼かれんでも、俺は自分でちゃんとしゃべれるんだがな……」
(でも参謀長は世話を焼きたくて仕方がないんだ……)
「なんだ、磯貝、何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、なにも」
「そうか? にやにやしなかったか、今」
「お気のせいです、きっと」
「そうか?」
大石はほんの少し首を傾げて見せた。
そして彼の持ち前である魅力的な笑顔を磯貝に向けた。
「頼みというのはな、俺の留守中、原がちゃんと休養をとるように、おまえに気を配っていて欲しいんだ」
磯貝の目が丸くなった。
「どうせ仕事中毒の原のことだ、おとなしく休まず、やらんでもいい仕事をして風邪をこじらすにきまっている……」
大石は言葉を切って、磯貝の目をじっと見つめた。
磯貝の目は丸くなったまま、ぱちくりと瞬きを繰り返している。
「原の様子をよく見ておいてくれ。具合が悪そうだったら、有無を言わさずベッドに連れて行け……書類はおまえが取り上げてしまえ。なに構わん、腕づくでいけ」
「そ、そんなぁ」
思わず磯貝が声を上げた。
(有無を言わさず? 腕づくで? あの参謀長相手に? そんな無理ですぅ!)
磯貝はぶんぶんと首を振ってみせた。
「約束してくれ、磯貝。全力を尽くすと」
そんな磯貝を大石はぐっと強く見つめた。
「は、は、でも」
磯貝は大石の迫力にたじたじとなるが、出来ない事は引き受けられないと泣きそうな顔になる。
「情けない顔をするな。俺がちゃんと策を授けてやる。いいか、原の扱いはな……」
大石は身を乗り出して、磯貝に顔を近づけた。
きらりと大石の目が光る。
「……機先を制す、これだ。まず先手を取れ。常に意表をつけ、いいな」
「はあ」
「すこしでも隙を見せると逆襲されるぞ。いいか、毅然とした態度でイニシアチブをとって、あとは押して押して押しまくるんだ」
「……なるほど」
磯貝は感心した。
(押しの一手か、そりゃ長官ならお手の物だろうな……)
「できるか?」
大石は磯貝の目をぐっとのぞきこんだ。
「……私のキャラでは無理そうです」
磯貝は正直に答えた。
(長官と私とでは迫力からして別物ですよ)
「なんだと?! バカモン、役者になったつもりでやれ!」
大石は一喝した。
「そんなぁ」
無理難題だと磯貝はべそをかいた。
「そんなもこんなもあるか。やればできる! おまえは原に対してびくびくしすぎなんだ。もっと腹に力を入れろ!」
「はっ!」
思わずソファーの上で磯貝は姿勢を正した。
「目にもっと力を込めろ!」
「はっ!」
「具体的にはだな……」
大石は磯貝に原への対抗策を徹底的に教え込むつもりらしい。